大阪高等裁判所 昭和29年(う)1728号 判決 1955年3月28日
主文
原判決中、被告人村田琢三に関する部分を破棄する。被告人村田琢三を懲役六月に処する。但し本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。同被告人から金八千円を追懲する。原審に於ける訴訟費用中、証人根垣永吉、同葉賀義治、同西村武士、同橋本宇吉、同田中英雄、同西田茂一、同辻幸右衛門、同田中三男、同小林勇、同金子嘉吉に支給した分は被告人村田琢三の負担とし、同証人野口克己、同上荷源吉(一、二回)に支給した分は同被告人と相続人渡辺又十郎との半分負担とする。被告人渡辺又十郎の本件控訴はこれを棄却する。
理由
検察官の控訴趣意について、
原判決は、公訴事実中、被告人村田琢三が昭和二十七年九月十七日頃、京都市伏見区桃山羽紫長吉西町、中野武雄方において同人より自己に当選を得る目的をもつて選挙運動報酬並びに投票取纒費用として供与されるものなるの情を知りながら、現金二万円の供与を受けたとの点について「同被告人の自白として検察官に対する供述調書の記載があるが、他にこれを補強するに足る証拠がないので、右は結局犯罪の証明がない」と説示し主文において無罪の言渡をしたことは、所論のとおりである。そして、記録によれば、右中野武雄と被告人村田との間の金員授受関係について、中野武雄は、原審第四回公判期日において証人として証言するに当り「私の公判と関係があるので、私の公判の時に申し上げるから今日は申し上げない」と陳述して証言を拒絶し、また、原審第十三回公判期日において、証人中野次子、同西村伊勢松は、何もしらない旨陳述している。右の各供述は被告人村田の自白があつてもその補強証拠とならないことは明らかである。検察官の所論では、右中野の証言拒絶の事実をもつて逆に情況証拠として補強証拠の資料となし得るような語調を示しているけれども、それは肯定の証言あつたものと同一視する考え方であつて首肯し難い。
しかし、自白を補強すべき証拠は必ずしも自白にかかる犯罪事実の全部にわたつてもれなくこれを裏付けるものであることを要せず自白にかかる事実の真実性を保障し得るものであれば足りるものである。従つて、公職選挙法第二百二十一条第一項第四号に該当する所為例えば本件のような選挙運動報酬及び投票取纒費用として全員の供与を受けた罪を認定するに当り、その旨の自白の補強証拠としては、必ずしも供与者の供述をもつてしなくてもその縦の連絡において供与を受けた者から更に日時を接近して同様の趣旨でその全員中の一部の供与を受けた者の供述をもつてすることができると云わなければならない。
被告人村田琢三の司法警察員に対する第一ないし第九回供述調書、同検察官に対する第二ないし第四回供述調書の記載によれば、被告人村田琢三は、昭和二十七年九月十七日夜、前記の衆議院議員候補者中野武雄の自宅へ行つて、同人が自己に当選を得る目的をもつて選挙運動の報酬並びに投票取纒費用として供与するものであることを知りながら、同人から金二万円を収受し、翌十八日京都府熊野郡久美浜町久美浜農業協同組合附近の道路上において、被告人村田の兄であつて中野武雄の選挙運動者である被告人渡辺に対し「京都へ行つて中野へ選挙運動費用を頼んだが、二万円しかくれなかつたから、半分だけ渡す」とわけを話し、中野のための選挙運動報酬並びに投票取纒費用として右二万円中の一万円を供与し、かつ、同月二十一日頃、同郡海部村字芦原、橋本宇吉方において、選挙人である同人に対し、中野のための投票並びに選挙運動報酬として右金員中の千円を、同月二十四日頃、同村字油池、西村武士方において選挙人である同人に対し同趣旨のもとに、被告人渡辺又十郎に対する裁判官の証人尋問調書(刑事訴訟法第二百二十七条による)、第一回ないし第三回供述調書(被告人村田に同被告人の検察官に対する関係において同法第三百二十一条第一項第二号による)には、被告人渡辺は、前記の日時場所において、被告人村田から「もつと沢山できると思つたが余りできなかつた。すまんが兄貴これだけ預つてくれ」と言つて金一万円を渡された。この金の趣旨は、中野のための選挙運動報酬並びに投票取纒費用であつて正当な選挙費用ではないことは判つていた。右金員は投票の報酬として、そのうち、金三千円を八木重市の母に交付して重市に供与を申しこみ、金三千円を田中徳兵衛に、各金千円を、逢坂求三、月岡幸之助、増馬彌一にそれぞれ供与した旨の供述記載があり、橋本宇吉の検察官に対する供述調書の謄本(記録第二八三丁以下)、西村武士の検察官に対する供述調書の謄本(記録第二八八丁以下)に、村田の自白と符合する供述記載がある。右の各供述は被告人村田が中野から供与を受けたこと自体に関する証拠ではないが、同被告人が中野から金二万円の供与を受けたことの自白が架空のものでないことを保障するに足りる証拠として十分であり、かついずれも原審において証拠として採用せられ、証拠調を経たものである。それを原判決は、被告人村田が中野武雄から金二万円の供与を受けたという自白を補強するに足る証拠がないと判断したのは、判決内容の心証を形成するに当つて裁判官が遵守するべき法令に違反したものであるから、原審の訴訟手続に法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである。
検察官の論旨は理由あり原判決は破棄を免れない。よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条に従つて原判決中被告人村田琢三に関する部分を破棄し、同法第四百条但し書によつて更に判決をし、被告人渡辺又十郎の本件控訴は、同法第三百九十六条によつて棄却する。
(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 西尾貢一)